大判例

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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)2431号 判決

原告 小林実

被告 野村成克

主文

被告は原告に対し金七七万九千円及びこれに対する昭和三七年五月一八日から支払済まで年六分の割合による金銭を支払うこと。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行できる。

事実

原告は主文同旨の判決を求めた。その請求の原因は訴状引用に係る別紙「請求の原因」及び別紙準備書面(3) 記載のとおりであつて、昭和三七年五月一七日の口頭弁論期日に受取人欄に原告名義を補充し、損害金は翌一八日から支払を求めると述べ、被告の時効の抗弁に対し別紙準備書面(2) のとおり反論した。〈立証省略〉

被告は請求棄却の判決を求め、答弁として、被告が連帯保証をしたとの事実は否認するが、その他の事実は認める。本件手形のうち四通は、別紙準備書面(1) 記載のとおり、すでに消滅時効が完成しているので被告において支払義務のないものであると述べた。〈立証省略〉

なお、被告が訴外日東プレキヤストコンクリート工業株式会社の代表取締役であることは当事者間に争がない。

理由

被告が訴外日東プレキヤストコンクリート工業株式会社と共同して原告に対し本件手形五通を受取人欄白地のままで振出し、原告が現に右手形の所持人であること、原告が昭和三七年五月一七日受取人欄に原告名を補充したことは当事者間に争なく、本訴が昭和三七年四月三日起訴されたものであることは当裁判所に顕著な事実である。

本件手形のうち二通は昭和三七年四月一五日、一通は同年四月三〇日、他の一通は同年五月一〇日にそれぞれ三年の時効期間が満了することになる。被告は、受取人欄白地のままで訴を提起しても時効中断の効力は生じないから右四通については時効によつて手形債務はすでに消滅していると抗弁して昭和八、五、二六大審院判例を援用し、原告はこれを争つている。思うに、白地手形は白地を補充して初めて完全な手形になるのであるから、白地を補充せずに手形金請求の訴を提起しても相手方を遅滞に付することはできないが、訴訟法上は実体的請求権の存否の問題と当該請求権について消滅時効が完成しているかどうかの問題は別個の問題であるし、もともと、裁判上の請求に時効中断の効力が認められているのは訴の形で権利行使の意思が表明されている点にその根拠があるとみるべきものであるから、受取人欄白地のままで訴を提起しても、補充権の行使によつて完成すべき手形債権の消滅時効はこれによつて中断されるものと解するのが相当であると考える。

なお、大審院判例に従つて本件起訴に時効中断の効力がないとみても、原被告各本人の供述及び成立に争のない甲第四号証の一ないし四に徴すると、保証契約成立の日時については原被告の供述に多少の相違があるけれども、本件手形五通は訴外桜井建設株式会社が借金の担保として原告に裏書譲渡していた訴外日東プレキヤストコンクリート工業株式会社振出の五通の約束手形の書換手形であつて、被告は右日東プレキヤストの代表取締役であつた関係から、原告の求めに応じて右桜井建設の原告に対する本件手形額面相当の借金の支払方を保証する趣旨で本件手形を振出したものであることが認められるので、被告は右桜井建設の連帯債務者として本件手形の各満期日にその額面相当の金額を支払うべき義務があるものと認めるのが相当である。

右のとおりで、原告の請求は理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

別紙

請求の原因

一、被告は訴外日東プレキヤストコンクリート工業株式会社と共同して原告に対し次の約束手形五枚を振出交付した。

イ、

(一) 金額 二十万円

(二) 支払期日 昭和三十四年四月十五日

(三) 支払地 東京都中央区

(四) 支払場所 富士銀行蠣殼町支店

(五) 受取人 原告

(六) 振出地 東京都中央区

(七) 振出日 昭和三十四年一月十五日

以下、金額、支払期日、振出日以外は同じ

ロ、

(一) 金額 十五万円

(二) 支払期日 昭和三十四年四月十五日

(三) 振出日 同年一月十五日

ハ、

(一) 金額 二十八万円

(二) 支払期日 昭和三十四年四月三十日

(三) 振出日 同年一月三十日

ニ、

(一) 金額 五万円

(二) 支払期日 昭和三十四年五月十日

(三) 振出日 同年二月十日

ホ、

(一) 金額 九万九千円

(二) 支払期日 昭和三十四年六月三十日

(三) 振出日 同年二月一日

二、而して其後原告は右五枚の約束手形を所持し支払期日に支払場所に呈示して支払つて貰うべく待つていた処被告から訴外プレキヤストコンクリート工業株式会社は倒産し銀行取引が停止された故手形は支払銀行に呈示しないで欲しい。支払期日迄に訴外会社を清算して之れを支払うからと意思表示をなしてきた。

三、そこで己むなく原告は該手形を支払期日に支払場所に呈示せず直接被告及び訴外会社に手形債務の支払を請求したが被告は一向に支払わず今日に至つている。

よつて本請求に及ぶ次第である。

尚請求の趣旨記載の年六分の割合による金員の請求は遅延損害金の意味である。

別紙

準備書面(1)

一、約束手形の振出人のように主たる債務者に対する関係においては確定日の満期の記載ある白地手形の補充は手形債権の消滅時効期間内になされなければならない。

手形債務は補充のときにはじめて成立するとしても、手形行為の書面行為の性質上、債務の内容は記載文言によつて定まるわけで即ち手形記載の満期日を満期日とする手形債務が白地補充のときはじめて発生する。そして時効は記載の満期より進行するから(手形法第七七条一項八号)(同第七〇条一項)、本件約束手形についてみれば原告請求の(イ)乃至(ニ)については右時効期間経過後である昭和三十七年五月十七日に補充してもそれによつて成立する債権は既に時効にかゝつたものとして取扱われるのである。若し手形時効期間を補充権行使の除斥期間と考えれば、そもそも本件補充は補充としての効力を生じないわけで何れにせよ被告は本件手形のうち(イ)乃至(ニ)については支払うには及ばないのである。

二、原告は白地手形の白地部分が受取人のように権利の内容に関しない権利者の指定に関するにすぎないものである時は補充せずに訴を提起しても時効中断の効力を生ずるものと主張する。しかし受取人の記載が手形要件である以上、この部分が補充されない間は手形は完成せず未だ手形上の権利が発生していないのであるから権利の行使はあり得ず、従つて補充せずに訴を提起しても手形上の権利の時効を中断する効力を生じないのはむしろ当然というべきである。

白地部分が権利の内容に関するものである場合(例えば金額)と権利者の指定に関するものである場合(例えば受取人)とに分け後者の場合には時効中断の効力を認めるという考え方は通説の認めるところでないし、又判例も此様に分けて考えてはいない。否むしろ未補充のまゝ訴提起がなされて時効中断の効力を認めない判例の多くは受取人欄白地のケースである。

大審院 昭和八年五月二六日 民集一二巻一三四七頁

長崎控 昭和三年七月一二日 新聞二八六五号一五頁

東京控 昭和七年六月二八日 新聞三五一〇号一二頁等

従つて原告のこの点に関する主張は理由がない。

三、原告は被告がたまたま未補充で手形金請求の訴が提起されたことを奇貨として消滅時効を主張することは信義誠実の原則に反して権利の濫用であると主張するが、原告は本件約束手形を取得した時から手形債権の時効消滅に至るまでの間いつでも本件手形の白地部分を補充して完成した手形とすることができたのである。然るに原告はその権利行使をしなかつたのであるからその責は原告に在り原告の権利濫用の主張は全く理由がない。

四、原告の予備的主張について

原告の昭和三七年五月二九日付準備書面第五項イ、ロ、ハ、の事実は何れも否認する。

原告はイ、ロ、ハ、記載の事実が本件手形債務の承認であるから時効は中断していると主張するが、仮にイ、ロ、ハの事実があつたとしても、前記の通り白地手形の補充前は未だ手形上の債務が発生しないのであるからその権利を行使するに由なきものであり、又債務の承認もあり得ないと云わなければならない。従つて時効は中断していないのである(大審院昭和一五年三月一九日評論商一七八頁参照)。

原告のこの点に関する主張も又失当である。

別紙

準備書面(2)

被告の消滅時効の主張に対する反駁

一、被告は本件手形が昭和三十七年五月十七日に宛名欄を原告名義を補充して白地手形を完成手形にしたことについて甲一号証の一自至四迄の手形四通は既に消滅時効が完成していると主張しているが、右手形は未だ消滅時効は完成しておらない。その理由は次のとおりである。

二、右四通の手形の弁済期日は昭和三十四年四月十五日(甲一号証の一、二)同月三十日(甲一号証の三)同年五月十日(甲一号証の四)であり、消滅時効の完成日はそれから三年後であるが、原告は振出人である被告に対し、昭和三十七年四月三日に訴訟を提起している故同日に時効中断の効力が生じているのである。

三、尚白地手形の補充前の訴提起は時効中断の効力は生じないと解する見解もあるが、右白地部分即ちその欠けている要件が権利の内容に関するものであるときは正当であるが、本件の場合の如く受取人のような権利者の指定に関するものに過ぎないときは時効中断の効力は訴提起のときと解すべきである。(同説鈴木竹雄、同氏手形法小切手法法律学全集二〇四頁参照)

四、特に本件の場合の如く被告が原告宛に振出して原告が受取人として請求する場合は尚更である。

元来右手形の宛名の原告名は被告が記載すべきものであり、それを自ら記載せずして原告に交付してをき乍ら、原告がこれを記載せずして訴を提起したことを奇貨として口頭弁論期日に於いて消滅時効を主張することを信義誠実の原則に反し権利の濫用である。

五、予備的主張

仮りに右手形四通の時効が訴提起時に中断されないとしても次の事実によりて時効は再三中断していて未だに手形債務は存在している。

イ、被告は同人の経営していた訴外プレキヤストコンクリート工業株式会社が倒産した後原告より再三本件手形債務を支払つて呉れる様督促した処、被告は右債務の支払の延期方を申入れてきたので已むなく原告は右債務の支払の延期を認めてきたのである。

然して被告は昭和三十四年十月に至り原告方事務所に来訪し目下失業中であり原告に対しても迷惑を掛けて申訳がないから何か手伝う仕事でもあれば手伝つて本件債務未払の責任の一部を果したいと謂つて、同月末から同年十二月二十日迄原告会社にきて伝票の整理等経理事務を無給で手伝つてくれたのである。右期間中も被告は幾度となく謝意を表し本件手形債務はできるだけ早く弁済したいと再三原告に謂つていたのである。これ等いずれも債務の承認を認めたものでその時に時効は中断している。

ロ、原告はその後も昭和三十五年十一月、同年十二月二十一日にも葉書で右債務の支払を要求しこれに対し被告から返事がきている(甲第二、三号証)

ハ、而してその後原告は昭和三十六年三月のある日曜日に小田急電鉄上り電車に乗車中被告と偶然に逢つたので、本件手形債務の支払を請求したところ、被告は今少し待つて欲しいと謂つて手形債務の弁済の延期を懇請したので原告は已むなくこれを諒承した。このときも又債務の承認の意思表示をなしているのである。

右叙上の如く被告は原告に対して本件手形債務の承認をなしておりその都度時効は中断している。

よつて被告の主張は理由がない。

別紙

準備書面(3)

予備的主張

原告は被告に対し先に約束手形金請求をなしたが之れが主張が理由なきときは連帯保証債務として請求の趣旨記載の金額を請求する。

一、原告が本件手形を取得した経緯は原告提出の昭和三十七年五月十七日準備書面で述べた通りである。

本件手形を書換えた以前の手形は原告が経営していた日東プレキヤストコンクリート工業株式会社が同会社の下請会社であつた桜井建設株式会社に対し振出されたものである。

右手形を受取人桜井建設は原告方に持参し、同手形を原告に裏書譲渡して請求の趣旨記載の金額を借用していつたのである。

二、その後日東プレキヤストコンクリート工業株式会社は前記手形債務を支払うことができず、該手形に代えて本件手形を被告と共同にて振出したのである。尚右手形を振出ときに被告が屡々原告の事務所に来訪し手形債務を弁済期日に支払うことができなかつたことを謝し、新に書換えた手形債務の原因関係である。桜井建設が原告に負担する債務を日東プレキヤストコンクリート工業株式会社と共に連帯して保証することを確約し、その手段として本件手形を右会社と共同して振出したのである。

三、よつて被告は原告に対し本件約束手形金債務を負担すると共に桜井建設株式会社に対する連帯保証債務も負担している故原告は該連帯保証債務も茲に併せて請求するものである。

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